ウルトラ処分の歌 他

最近、ハマってしまったCMがある。それが“機密文書のウルトラ処分【けすぷろ】”のCM。初めてテレビでCMを観た時は衝撃的で爆笑してしまった(爆)

オフィス編(30秒)



エレベーター編(15秒)



CMの替え歌の原曲は、特撮ドラマ『ウルトラセブン』の主題歌「ウルトラセブンの歌」(作詞:東京一、作曲:冬木透)。



冬木透氏はウルトラマンのシリーズで活躍した作曲家。音大出身でクラシック音楽も作曲し、クラシックの作品については“蒔田尚昊(まいたしょうこう)”名義を使い、テレビや映画音楽を担当する時は“冬木透”名義で使っているそうである。詳細はウィキペディアでどうぞ。

冬木透指揮&東京交響楽団(歌:中西圭三)の演奏による『ウルトラセブン音楽コンサート』の映像を発見!
(1.ウルトラ警備隊の歌 0:22頃~ 2.ワンダバメドレー 2:10頃~ 3.ウルトラセブンの歌 8:45頃~ )




さて次は、自分の妻とその浮気相手(=間男)をウルトラ殺処分した狂気の作曲家が書いた不気味な歌にシフトします。ここからは刺激が強くなりますので、ご注意ください。

まずは、ヴェノーザ公国の君主で、イタリア・ルネッサンス期の貴族作曲家、カルロ・ジェズアルド(1560年代頃-1613)が書いた有名な「マドリガーレ」をどうぞ。“マドリガーレ”とは、詩に音楽が付いた、いわゆる歌曲のこと。当時のイタリア・ルネッサンス期のマドリガーレは、ポリフォニー(独立した多声部からなる音楽)書法による歌曲である。歌い手が椅子に腰かけながら歌っている、あまり見かけない珍しい映像だ。

ジェズアルド:悲しや、我は死す(Moro, lasso, al mio duolo)<マドリガーレ集第6巻より>



時折昂る感情が入り混じり、半音階的進行や鋭い不協和音により、不安感を醸し出す音楽だ。16世紀末から17世紀初頭当時、ジェズアルドの音楽は半音階的進行や不協和音の多用により、かなり急進的で衝撃的なのである。そして歌詞の大ざっぱな内容は、「ああ、私は悲しくて死んでしまう、命を与えてくれる愛する人が私を死なすのだ」。旋律、歌詞内容とも暗く、精神的な苦悶を感じさせる。ただし、歌には高揚するような何か恍惚感を感じさせる部分もある。当時の詩で表現される“死”という言葉には、愛を確かめる行為をして果てちゃう…だいぶボカシて表現しました(笑)…みたいな意味もあるらしく、上の歌で恍惚感タップリに聴こえてくるのはそのためか??

そして、ジェズアルドには、精神的に追い詰められ、上で紹介したような不気味な曲を書くようなきっかけとなった事件があるのだ。それが妻と間男を殺害するというトンデモ仰天事件なのである。

ジェズアルドは1586年に母方の従姉妹マリア・ダヴァロスと結婚するが、妻のマリアは結婚後間もなくして、アンドリア公ファブリツィオ・カラーファという貴族と浮気を開始(美貌であったマリアはこれで三度目の結婚、もともと浮気性があったのか?)。親族からの密告(この男もマリアに横恋慕しようとしていたらしい。先を越されてしまった腹いせに密告したのか?)により、妻の浮気を察知したジェズアルドは、一計を案じた。1590年のある日、長期の狩りに出掛けるフリをして、妻と間男を油断させ、2人がベッドでお楽しみのところを急襲、手下を使って2人を殺害したのであった。有力な貴族であったジェズアルドは、罪に問われることはなかった(当時の貴族の場合、名誉を守るためという理由で、不貞行為を行った相手を殺害することが認められていたらしい)。当時の日本であっても、殿様の奥方に手を出したら無礼討ちとなり、殿様はお咎めなしであろう。しかし、事件自体は当時大きなスキャンダルとなった。ジェズアルドが手下を使い、一騎打ちで間男を仕留めたわけでないことや、殺害後2人の死体を切り刻んで広場に晒したこと、さらには出生後間もない幼子(次男)を、相手の子どもではないかと疑い、殺害したともいわれていて、世間ではとかく被害者たちに同情的であった。事件後、妻方や間男の親族たちからの報復を恐れたジェズアルドは、自分の領地に退く。1590年当時の日本であれば世は戦国時代、殿様であるジェズアルドは領地で兵を募り、報復される前に相手方を撃つのかと思いきや、あれれ?そのまま領地に引きこもってしまったではないか。その後、ジェズアルドは罪の意識に苛まれながら、作曲活動に勤しんだそうだ(彼は領主であったが、音楽にしか関心がなかったと言われる)。ジェズアルドは、罪悪感のせいか、鬱病を患い、また驚くべきことに、懺悔のためか、日々使用人に自分の体を鞭打たせていたらしい(@_@)

ウィキペディアよると、「ジェズアルドが余生において罪悪感に苦しめられたという証拠は無視できないし、自作においては罪の苦しみを表現したのかもしれない。ジェズアルド作品で一番明らかな特徴は、極端な感情を示す語への、風変わりな曲付けである。「愛」「苦痛」「死」「恍惚・喜悦」「苦悶」などといった言葉がジェズアルドのマドリガーレに頻繁に登場しており、歌詞のほとんどが恐らくジェズアルド自身によって作詞されたのだろう。 ジェズアルドは殺人犯として有名になった半面、ルネサンス音楽の最も実験的かつ最も表現主義的な作曲家の中でも、間違いなくとりわけ大胆な半音階技法の作曲家として今なお名高い。ジェズアルドが用いたような半音階進行は、19世紀の後期ロマン派音楽になるまで再び現れることがなく、調性音楽という文脈においては直截に並び立つ存在がなかったのである。 」と、当時としては、いや現代においても、相当ぶっ飛んだ音楽であることは間違いない。

私も一曲、ジェズアルドの作品をDTM制作してみた。「カンツォン・フランチェーゼ」という鍵盤曲で、ところどころで音楽の進行を邪魔するような、やたら細かく奇妙な装飾音が入り込んでくる、風変わりで情緒不安定なところがある音楽だ。

ジェズアルド:カンツォン・フランチェーゼ


(プレイヤーが表示されない場合は下のURLをクリックしてください)
https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/013/598/46/N000/000/002/153416326643761446178_gesualdo_canzonfrancese.mp3

ジェズアルドの作風は特異で前衛的であったため、後継者や模倣者はほとんど現れず、同時代人の作曲家には影響力がなかったようだ。それが20世紀に入ると、音楽の調性崩壊を目論む前衛作曲家たちから俄然注目を集めるようになる。20世紀を代表する作曲家のひとりであるイーゴリ・ストラヴィンスキーは、ジェズアルドをリスペクトして、彼のマドリガーレ集の旋律に基づく管弦楽曲を書いた。それが1960年に作曲された「ジェズアルド・ディ・ヴェノーサ400年祭のための記念碑」という作品。3つの楽章に分かれていて、第1楽章は「美しい目をぬぐいなさい」(Asciugate I begli occhi)、第2楽章は「私の不幸な涙をほしがる」(Ma tu,cagion di quella)、第3楽章は「美しい人よ、心を持ち去るのなら」(Belta poi che t’assenti)。

ストラヴィンスキー:ジェズアルド・ディ・ヴェノーサ400年祭のための記念碑(※5分過ぎに音の途切れ部分あり)



ついでに上の楽曲で4分24秒頃から始まる第3楽章「美しい人よ、心を持ち去るのなら」の原曲を聴いていただこう。

ジェズアルド:美しい人よ、心を持ち去るのなら(Belta poi che t’assenti)<マドリガーレ集第6巻より>




ところで、ジェズアルドが起こした事件の100年近く前、同じく妻と間男の濡れ場を押さえ、妻を殺害したイタリア・ルネサンス期の作曲家がいた(間男は許したらしい)。バルトロメオ・トロンボンチーノ(1470頃-1535年以降)という作曲家で、“フロットラ”という形式の世俗歌曲を多数作曲している。ウィキペディアによると、トロンボンチーノは妻殺し以外にも、数々の悪事をやらかしていて、そのたびに許されていたことが記載されているが、悪事についての具体的な記述はない。ともかく、ウィキペディアで読む限り、トロンボンチーノは行状がよろしくなかったようだ。

トロンボンチーノの歌曲は、YouTube上で結構アップされている。ジェズアルドより1世紀も前の作曲家であるから、ジェズアルドの音楽と単純に比較することもできないが、トロンボンチーノの曲には、特に罪悪感や狂気といったものは感じられない。トロンボンチーノには、悪さをしては逃亡し、そのたびに許されて舞い戻り、何食わぬ顔でまた仕事をするという、したたかさがあった。ジェズアルドと違い、トロンボンチーノは自分のした悪事について、生涯、悔恨することはなかったであろう。

トロンボンチーノ:辛抱強くあなたに従う(Ostinato vo' seguire)



リズミックで聴きやすく、旋律が繰り返すことによって印象に残る爽やかな曲。これはいい!もう一曲。こちらも抒情的でなかなか素晴らしい曲。

トロンボンチーノ:ゼフィーロを吹くと天気が良くなる(Zephyro E'l Bel Tempo Rimena)



今回ブログを書くにあたって、いろいろとトロンボンチーノの曲を聴いてみたが全然悪くない。トロンボンチーノ好きになりそう。最後にもう一曲どうぞ。

トロンボンチーノ:さあ起きなさい、まつ毛をあげて(Su su leva, alza le ciglia!)



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