二人でお茶を~ショスタコはスターリンとお茶したか?

キッコーマンの生醤油のCMで流れている音楽は、ヴィンセント・ユーマンス作曲の「二人でお茶を」という曲。CM情報はこちら。「いつでも新鮮」シリーズの中の、「しょうゆの生(なま)」篇を選んでください。
http://www.kikkoman.co.jp/kikkoman/gallery/index.html

三井住友VISAプラチナカード(「将来の夢」篇)のCMでも、この曲が流れる。




V.ユーマンス:二人でお茶を
(プレイヤーが表示されない場合は上記の曲名をクリックして聴いてください)



1925年のミュージカル「ノー・ノー・ナネット」の挿入歌として作曲され、のちにジャズのスタンダード・ナンバーにもなった、V.ユーマンスのヒット作!MP3はオルゴール音色で制作。

YouTubeから、有名なドリス・デイの歌声をどうぞ。




ところで、この曲を1927年、ソ連(現ロシア)の作曲家、ドミトリ・ショスタコーヴィチが見事なオーケストラ作品にアレンジしている。ウィキペディアによると、"ショスタコーヴィチは指揮者のニコライ・マルコの自宅において、《二人でお茶を》の録音をマルコから聞かされた上に、『あなたが1時間以内に記憶だけでこの曲を編曲することはできない』に100ルーブル賭けよう」とマルコに切り出された。ショスタコーヴィチはその挑発に乗り、およそ45分でオーケストレーションを済ませて、賭けに勝った"という逸話が伝えられている。

ショスタコーヴィチ:タヒチ・トロット(二人でお茶を)




ショスタコーヴィチは、独裁者スターリン体制下のソ連で不自由な作曲活動を強いられた、旧ソ連最大の作曲家の一人。詳細については次のウィキペディアを参照してください。マーラー以降の20世紀最大の交響曲作家としても知られる。彼は交響曲を15曲書いているが、その中で最も有名なのが第5番。まずは第5番からワイルドな第4楽章の最初の部分を聴いていただこう。



1937年に作曲された交響曲第5番は、ショスタコーヴィチのそれまでの前衛的な作風とは異なり、古典的で分かりやすい作風、すなわち「社会主義リアリズム」を体現化した作品として、ソ連当局はおおいに歓迎、それにより「形式主義」という批判を浴び、「体制の反逆者」というレッテルを貼られて、命さえ危うかった(当時、芸術家であろうと「体制の反逆者」は、情け容赦なく強制収容所送り)ショスタコーヴィチは、一気に名誉を回復した。ところが、1979年に出版された書物、音楽学者ソロモン・ヴォルコフが書いたショスタコーヴィチの回想録である『ショスタコーヴィチの証言』の中で、交響曲第5番の第4楽章は「強制された歓喜」だという記載があり、物議をかもすことになる。この『ショスタコーヴィチの証言』については、真実かどうか、未だに決着はついていない。『ショスタコーヴィチの証言』についての詳細は、こちらのウィキペディアでどうぞ。はたして、この第5番は体制にすり寄った作品なのか、二枚舌作品なのか、いずれにしろ一筋縄ではいかないようだ。

ここでショスタコーヴィチの出世作となった交響曲第1番(1924-25年)を紹介しておく。19歳の時に音楽院の卒業制作として作曲されたが、あまりに見事な出来栄えのため、"モーツァルトの再来"と絶賛され、この曲の成功により、彼の名前は西側諸国にも知れ渡ることになる。沈鬱と無骨な躍動感、シニカルでコミカルなショスタコーヴィチの作風は、すでにこの第1番で出来上がっている。15曲の交響曲の中で、この第1番を最高傑作と評する人が意外に多いのも肯ける。では交響曲第1番の第2楽章で、ショスタコ節を堪能していただこう。




この時期、ショスタコーヴィチは輝いていた。まだ体制による音楽への締め付けはなく、自由に作曲できていた頃である。ショスタコーヴィチには前途洋々たる未来が見えていたかもしれない。同時期のショスタコーヴィチのアヴァンギャルド(前衛的)な作品を一曲、取り上げてみたい。1924-25年作曲の弦楽八重奏のための2つの小品~スケルツォ。かなり尖ってるぞ(@_@)




さて、ショスタコーヴィチの交響曲では、一時期、CMの影響で有名になった音楽がある。いや~、シュワちゃん(アーノルド・シュワルツネッガー)が若いね(^^)



CMの、ひょうきんで個性的なメロディは、交響曲第7番~第1楽章の中の「戦争の主題」。第7番は1941年に作曲されたが、"第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツ軍に包囲(レニングラード包囲戦)されたレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)市内で作曲された戦争をテーマとした交響曲"(ウィキペディアより)だそうだ。この曲については、第二次大戦下、国家機密扱いにされた楽譜がマイクロフィルムに納められて、ソ連国内から連合国側に運ばれ、アメリカでは初演をめぐって激しい争奪戦が繰り広げられた、とか、1942年のドイツ軍に包囲されたレニングラードで初演を行うため、特別機で総譜が届けられ、オーケストラの欠員を補充するため、急遽前線から演奏家たちが呼び戻された、などドラマチックなエピソードに事欠かない。たぶん第二次大戦下、戦意昂揚のためのプロパガンダ的演出だろうが。詳細はウィキペディアでどうぞ。

交響曲第7番~第1楽章全部を紹介しておこう。「戦争の主題」は5分34秒頃から登場。小太鼓のリズムに乗って、同じメロディーが繰り返されながら、ラヴェルの「ボレロ」のように、音楽はどんどん盛り上がっていく。ナチスの軍隊がだんだん侵攻してくる恐怖を描いているのか、それとも、スターリン体制によって、どんどんひどくなる圧政の恐怖を描いているのか・・・。



※上の映像が現在リンク切れのため、別の映像を追加しておきます。「戦争の主題」は6分2秒頃から登場。




さてさて、交響曲第5番や第7番の成功により安泰かと思われたショスタコーヴィチは、第二次大戦の勝利を祝うため、1945年に作曲した交響曲第9番で、またまた窮地に陥ることになる。当局は、ベートーヴェンの第9番のような、終楽章では合唱が登場するような壮大な音楽を期待していたが、その期待が見事に裏切られたために怒り心頭、ショスタコーヴィチは猛烈な批判を浴びてしまう。第9番が、軽薄で小馬鹿にしたような雰囲気に満ちているので、批判されたようだ。スターリン賛歌の合唱でも付けておけばよかったものを・・・。以後、彼はスターリンが死去するまで、新たな交響曲を発表しなかった・・・いや、できなかったようだ(-_-)

では、まず第9番の第1楽章から。



まったく人を食ったような音楽、私は大好きですよ、こういう音楽。それから、同じく第9番の終楽章(第5楽章)はもっとスゴイぞ。この楽章の最後のほうに出現するクライマックスの衝撃、いや笑撃力は凄まじい!ショスタコ節全開だ!!よくぞスターリンに粛清されなかったものだ(^^)




彼の交響曲は他にも、荒削りで壮大な第4番、軽妙洒脱な第6番、人気のある第10番、暗~いが傑作として名高い第14番など、聴き応えのある作品が多い。協奏曲、室内楽、オペラの分野でも傑作が目白押し。またの機会があれば紹介したい。

最後にショスタコーヴィチの泥臭いワルツ、ど演歌チックな「セカンド・ワルツ」(ジャズバンド組曲第2番より)でお別れしよう。では(^_^)/~



※ショスタコーヴィチの晩年の作品については、別の記事で取り上げたので、紹介しておきます。
http://8055.at.webry.info/201505/article_2.html

この記事へのコメント

臼杵
2012年11月11日 10:32
「2人でお茶を」から、またお得意の「無茶振り」でショスタコまで持ってきましたね。さすがです!

わずか45分でオーケストレーションを仕上げたことは彼の才能を示すものでしょう。また、第一交響曲はその後の交響曲のメロディーを彷彿とさせるものも多く、傑作だと思う。

モーツァルトの再来とか、赤いベートーヴェンと言われますが、「ピンクのモーツァルト」でしょう。赤く染まりきれず、染まった振りをしながらコミカル&シニカルに体勢をあざ笑っているように思います。

5番の「強制された歓喜」などは、まさにそんな感じですが、最高傑作は9番ですね。革命をあざ笑っているとしか思えません。

音使いやメロディーについては、今後このような作曲家は二度と出てこないと思わせるような、強烈な個性です。

よくまあ、首と胴体がつながっていたと思います。

koukouさんも、職場や飲み会で「強制された歓喜」のシグナルを発していませんか?体勢をあざ笑うようなプレゼンをして、社長が怒って席を立ったりしていないでしょうか、心配です。

首をはねられないよう、早く亡命をして、自らが国家元首(社長)となりましょう・・・私のように!首をはねる立場の方がいいですよ!
2012年11月11日 16:33
臼杵さん、コメントできたようですね?どうもありがとうございます。それにしても「無茶振り」でショスタコを持ってきた、とは言い過ぎです。「無理やり」でショスタコを持ってきただけです(^^ゞ

「二人でお茶を」をわずか45分でオーケストレーションしたり、わずか19歳で才気溢れる交響曲第1番を作り上げるなど、ショスタコーヴィチが「モーツァルトの再来」と評されるのは頷けます。また彼の最も有名な交響曲第5番は"苦悩から歓喜へ"という感じで、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と比較されることから、「赤いベートーヴェン」といわれたんでしょう。でも「ピンクのモーツァルト」とは、臼杵さん、ナイスな表現ですねぇ。"赤く染まりきれず、染まった振りをしながらコミカル&シニカルに体勢をあざ笑っている"とは、いいところを突いていますよ(^_^b
ショスタコが最初に批判されるきっかけになったのは、彼のオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を観劇していたスターリンが激怒して、途中で退席してしまったことによるものですが、このオペラ、なかなか露骨な性描写があったりしたんですよね。やはり作曲者は「ピンクのモーツァルト」かな(^o^)
2012年11月11日 16:37
臼杵さん、コメントの続きです。文章が長すぎると投稿できなくなるので、文章を分けました。

さて、ショスタコの音楽は、コミカル&シニカルな超個性的、いや変態的なメロディやリズム(=ショスタコ節)が特徴。同じくソビエトの同時代人の作曲家プロコフィエフも面白い音楽を作っていましたが、やはりショスタコのほうが一枚上を行っている感じがします。その究極のショスタコ節が炸裂するのが、交響曲第9番の終楽章のクライマックス部分。5番の「強制された歓喜」とは違い、露骨に体制をあざ笑っているようにしか聴こえません。第二次大戦の勝利を祝って書かれた第9番で、なぜ、こんな音楽を?当局が激怒するのは、忠実なる共産党員であったショスタコ同志なら分かっていたと思うんですがね??よくまあ、シベリア送りにならなかったもんです。もっとも、この頃すでに、ショスタコの名前は西側諸国であまりに有名になっていたので、当局も粛清できなかったという事情があったようですがね。

>koukouさんも、職場や飲み会で「強制された歓喜」のシグナルを発していませんか?

ハハハ、演技がうまければいいんですよね?内心を顔に出さないように、ポーカーフェイスに徹します(笑)

>首をはねられないよう、早く亡命をして、自らが国家元首(社長)となりましょう・・・私のように!首をはねる立場の方がいいですよ!

身の危険を感じたら、臼杵雷帝のところに亡命して庇護してもらいますよ。ところで臼杵雷帝(社長)のところには、首をはねる人民(社員)は一人もいない(=雇っている従業員がゼロ)というウワサがあるようですが。奥さんも外に働きに出ているようだし・・・(爆)

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